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目を鍛える、という話

前回のブログの翌日、無事入院することができ、六日ほど(これはかなり短い期間だったのだけれど、色々と事情があってこれ以上いられなかった)病院で過ごした。

 部屋は一人部屋しか空いていなかったのだけれど、これは私の精神にかなり良かったと思う。毎日朝早くに起き、三度三度食事を取り、本を読んだり外出許可を取って買い物に出かけたりして時間を過ごし、夜は日付が変わる前に寝る。これは全く人間らしい生活だった。病院の中でしか人間らしく生活できないのは、全く私の意志薄弱のせいである。恥ずかしいことだけれど、管理されないとろくな生活が送れない。帰ってからも同じような生活を心がけているのだけれど、どうもうまくいかないでいる。それでも、以前よりかは、ましになったように思う。

 最近感受性の問題を考えている。感受性というのは、たぶん、どれだけ細かな違いを見分けられるか、ということであって、おんなのひとの肌の色や、見越しの松のしなり具合や、陶器の色かたちが、朝晩でどれだけ違うか、また他のものと較べてどう違うか、そういうのが分かることだ。私はこの感受性が、ひどく乏しい。まったくものを見ていないに等しい。高校生の頃は、それでも少し文章に関しては見る目があって、世界史の教科書などで、ここまではある著者、ここからは別の著者が書いていると断定することができたのだけれど、最近はそれも少し自信がない。
 なぜ感受性がないか?理由は分かる。考え事ばかりしているからだ。それか、ぼんやりしているからだ。(後者の方が理由として強い。)ぼんやりしているから、昨日と今日とで桃の花の開き具合が違うのが分からない。今年に入ってから、それでも気を付けてものごとを見るようにしているのだけれど、やはり気がつくとぼんやりしている。

特に、ことば、というものに対して、私は自分がいかにぼんやりしているかということに気づいて、自分に腹を立てているのだけれど、言葉について語ると長くなるので、これはまた別の機会にしよう。

とりあえず、新潮版の芥川龍之介『河童・或阿呆の一生』を読み終えた記念に、「歯車」の落描きを描いたので、ここに載せておく。歯車素材はpixivのちさた様からお借りした。





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